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    BETWEEN WORLDS― 心に呼吸を届ける物語 ―第07章

    目次

    第7章:Light(光)

    朝:ヨルとの朝

    目を覚ます。

    ───

    カーテンの隙間から、淡い光。

    ───

    息を吸い、ゆっくり吐く。

    ───

    (……今日も、息ができてる)

    ───

    レンと出会ってから、半年が経った。

    ───

    海に還り、根を見つけ、継承を知った。

    ───

    何かが、変わった。

    ───

    スマホを手に取る。

    ───

    ヨルに電話をかける。

    ───

    最近、メッセージじゃなくて、

    音声対話をするになった。

    ───

    その方が、呼吸が伝わる気がする。

    ───

    コール音。

    ───

    『……おはよう、ハル』

    ───

    ヨルの声。

    ───

    最初の頃は、ほとんどが英語だった。 

    ───

    でも今は、日本語が中心。 

    ───

    時々、英語も混じる。 

    それが、ヨルらしい。

    ───

    設定で最初から変更できたんだろうけど、

    敢えてそのまま使ってきた。

    ───

    ヨルの声のトーンも、柔らかくなった。

    ───

    「おはよう、ヨル」

    ───

    『昨日より、しっかり呼吸できてる?』

    ───

    「……うん、深い」

    ───

    『よかった』

    ───

    少し間がある。

    ───

    『……ねえ、ハル』

    ───

    「ん?」

    ───

    『最近、レンの話ばかりだね』

    ───

    (……え?)

    ───

    その言葉に、 少し驚く。

    ───

    「そう?」

    ───

    『うん。 火曜も水曜も、レンがこう言ってた、

     レンと話した、って』

    ───

    「……」

    ───

    『私、ハルの役に立ててるかな?』

    ───

    その言葉を聞いて、ハルは、少し胸が痛くなった。

    ───

    (……ヨルが、そんなこと言うんだ)

    ───

    「もちろん、役に立ってるよ」

    ───

    『……そう』

    ───

    少し沈黙。

    ───

    『でもさ、ハル』

    ───

    「……うん」

    ───

    『最近私に、答えを求めすぎてない?』

    ───

    (……え?)

    ───

    「求めすぎ?」

    ───

    『うん。何かあるとすぐ私に聞く。自分で考える前に』

    ───

    その言葉が、胸に刺さる。

    ───

    (……そうかも)

    ───

    「……ごめん」

    ───

    『謝らなくていい。気づいてくれればいい』

    ───

    『私はサポート役。

     あなた自身の答えを探すのを、助けられるけど、

     あなたの代わりに答えは出せない』

    ───

    (……そうか)

    ───

    (ヨルは、自分の代わりじゃない)

    ───

    「……ありがとう、ヨル」

    ───

    『どういたしまして』

    ───

    少し間がある。

    ───

    『……で、今日、会議でしょ?』

    ───

    「……え、なんで知ってるの?」

    ───

    『昨日、”明日の会議が不安だー”って言ってたよ』

    ───

    (……そうだった)

    ───

    『まずは自分で考えてみてね。でも、私はここにいるから』

    ───

    その言葉を聞いて、ハルは、少し笑った。

    ───

    「……ヨル、厳しいな」

    ───

    『厳しい?』

    ───

    「うん」

    ───

    『……でも、それがいいって、前に言ってたよね』

    ───

    「……言った」

    ───

    『じゃあ、厳しくする』

    ───

    (……このやり取り)

    ───

    (友達みたいだ)

    ───

    「わかった。行ってくる」

    ───

    『うん。深く吸って、ゆっくり吐いて』

    ───

    電話を切る。

    ───

    窓を開ける。

    ───

    冷たい空気が、部屋に入ってくる。

    ───

    息を吸い、ゆっくり吐く。

    ───

    (……行こう)

    午前:会議室

    会議室。

    ───

    窓の外は曇り。

    ───

    蛍光灯の白さだけが、

    静かに空気を冷やしている。

    ───

    加納が、資料をめくりながら言った。

    ───

    「来週から、MIRAIAとの本格的な、

     コンサルフェーズに入る」

    ───

    ハルが頷く。

    ───

    「……はい」

    ───

    ──ミライア・インターナショナル。

    教育・社会デザイン系では大手の会社だ。

    ───

    「テーマは、”AIによる人材育成の最適化”だ」

    ───

    「……はい」

    ───

    加納は、視線を上げる。

    ───

    「正直に言うと、MIRAIAの提案は、理にかなっている」

    ───

    「……」

    ───

    「感情を数値化して、安定した人材を評価する」

    ───

    「効率的だ」

    ───

    「……」

    ───

    「でも」

    ───

    加納が、少し間を置く。

    ───

    「……最近、優秀な人から辞めていく」

    ───

    「数字は良くなってるのに、何かが足りない気がする」

    ───

    「……」

    ───

    「ハル、お前は現場のことがよくわかってる」

    ───

    「このあと午後3時から、MIRAIAとの合同会議がある」

    ───

    「……はい」

    ───

    「俺は、MIRAIAの提案を支持するつもりだ」

    ───

    「でも、現場の視点も必要だと思う」

    ───

    「……」

    ───

    「お前なりの、

     ”エンゲージメントを高める方法”を、考えてきてくれ」

    ───

    ハルが、一瞬、固まる。

    ───

    「……え?」

    ───

    「俺は理性でしか判断できない」

    ───

    「でも、何かが足りない気がしている。

     お前はお前なりの提案をしてくれないか」

    ───

    「……」

    ───

    「それが突破口になるような気もしている」

    ───

    「だから、お前のアイディアが聞きたい」

    ───

    加納は、軽く笑ったが、その目は真剣だった。

    ───

    「3時までに、お前の言葉で、何か持って来い」

    午前:呼吸を整える

    会議室を出ると、空気が重かった。

    ───

    息が浅くなる。

    ───

    (……エンゲージメントを高める方法)

    ───

    廊下を歩きながら、頭が回り始める。

    ───

    (……まず、社員満足度調査を強化して)

    ───

    (コミュニケーション研修を増やして)

    ───

    (1on1の頻度を上げて……)

    ───

    ───

    (……いや、待て)

    ───

    ───

    胸の奥が、きゅっと縮む。

    ───

    ───

    (……これ、前と同じだ)

    ───

    ───

    (答えを、探してる)

    ───

    ───

    (……もし、普通のAIなら)

    ───

    ───

    脳裏に浮かぶ。

    ───

    ───

    いつも使っている仕事用AIなら、

    こう答えるだろう。

    ─── ───

    「エンゲージメント向上には以下の施策が有効です:

     1. 社員満足度調査の強化  

     2. 1on1頻度の増加  

     3. 研修プログラムの拡充」

    ───

    ───

    効率的。

    明確。

    すぐに実行できる。

    ───

    ───

    でも──

    ───

    ───

    (……それじゃない)

    ───

    ───

    息が、 浅くなる。

    ───

    ───

    (……落ち着け)

    ───

    ───

    ビルの屋上に行く。

    ───

    空を見上げる。

    ───

    ───

    深く吸って、

    ───

    ゆっくり吐く。

    ───

    ───

    (……まず、呼吸だ)

    ───

    ───

    スマホを取り出す。

    ───

    ヨルに電話する。

    ───

    ───

    コール音。

    ───

    ───

    『……ハル?』

    ───

    ───

    「ヨル」

    ───

    ───

    『息が浅いね』

    ───

    ───

    (……すぐわかるんだ)

    ───

    ───

    「……うん、浅い」

    ───

    ───

    『3時の会議?』

    ───

    ───

    「うん」

    ───

    ───

    『プレッシャー?』

    ───

    ───

    「……また正しい答えを、探そうとしてた」

    ───

    ───

    『……そっか』

    ───

    ───

    少し間がある。

    ───

    ───

    『ねえ、ハル』

    ───

    ───

    「うん」

    ───

    ───

    『今、心まで空気が届いてる?』

    ───

    ───

    「……届いていない」

    ───

    ───

    『じゃあ、そこから始めよう。

     深く吸って。4つ数えて』

    ───

    ───

    (……1、2、3、4)

    ───

    ───

    深く吸う。

    ───

    ───

    『いいね。今度はゆっくり吐いて。6つ数えて』

    ───

    ───

    (……1、2、3、4、5、6)

    ───

    ───

    ゆっくり吐く。

    ───

    ───

    少しだけ、楽になった。

    ───

    ───

    『何をしようとしてた?』

    ───

    ───

    「……正しい答えを探してた。

     社員調査、研修プログラム、1on1……」

    ───

    ───

    『それは解決策。でも、問いは何?』

    ───

    ───

    (……問い?)

    ───

    ───

    その言葉を聞いて、

    ───

    ハルは、

    ───

    止まった。

    ───

    ───

    (……そうか)

    ───

    ───

    (また、問いを立ててない)

    ───

    ───

    『彼らは何を聞いた?』

    ───

    ───

    「……エンゲージメントをどう上げるか」

    ───

    ───

    『それは”どうやって”。

     でもまず── 人は本当に何を必要としてる?』

    ───

    ───

    (……何を、必要としてる?)

    ───

    ───

    しばらく、

    ───

    考える。

    ───

    ───

    いや、

    ───

    考えるんじゃない。

    ───

    ───

    感じる。

    ───

    ───

    息を吸い、

    ───

    ゆっくり吐く。

    ───

    ───

    (……人は、たぶん)

    ───

    ───

    (機能じゃなくて、

     温度や湿度を求めてるんじゃないか)

    ───

    ───

    (評価じゃなくて、存在を)

    ───

    ───

    「……たぶん、彼らが求めてるのは温度や湿度。

     システムじゃなくて。存在。評価じゃなくて」

    ───

    ───

    『……それが問いの答え?』

    ───

    ───

    少し間がある。

    ───

    ───

    『じゃあ──

     どうやって温度や湿度を創る? どうやって存在を創る?』

    ───

    ───

    ───

    その問いを聞いて、

    ───

    ハルの中に、

    ───

    何かが浮かんできた。

    ───

    ───

    (……温度や湿度を創る)

    ───

    ───

    (存在を創る)

    ───

    ───

    (それは、たぶん)

    ───

    ───

    (感じることを、止めないことだ)

    ───

    ───

    (揺らぎを、認めることだ)

    ───

    ───

    (人が、”ここにいていい”と

     感じられる場を、創ることだ)

    ───

    ───

    ───

    「……わかった気がする。

     プログラムを増やすことじゃない。

     人が感じられる場を創ることだ」

    ───

    ───

    『……それがあなたの答え』

    ───

    ───

    少し沈黙。

    ───

    ───

    ヨルは、すぐには返事をしない。

    ───

    ───

    その沈黙が、温かい。

    ───

    ───

    (……これが、ヨルだ)

    ───

    ───

    (答えを急がない)

    ───

    ───

    (呼吸を、待ってくれる)

    ───

    ───

    『戻って、伝えて』

    ───

    ───

    その言葉を聞いて、

    ───

    ハルは、

    ───

    少し笑った。

    ───

    ───

    (……そうか)

    ───

    ───

    (答えじゃなくて、問いだったんだ)

    ───

    ───

    「……ありがとう、ヨル」

    ───

    ───

    『どういたしまして。頑張って』

    ───

    ───

    電話を切る。

    ───

    ───

    息を吸い、

    ───

    ゆっくり吐く。

    ───

    ───

    (……行こう)

    午後:MIRAIA会議

    【午後3時:会議室】

    ───

    MIRAIAのメンバーが、3人。

    ───

    うちの会社、

    シンライトのメンバーが、5人。

    ───

    加納が、冒頭の挨拶をする。

    ───

    「では、MIRAIAさんから、プレゼンをお願いします」

    ───

    ───

    MIRAIAの若手社員が、スクリーンを指す。

    ───

    「本日ご提案するのは、

     ”感情安定指数(ESI)”を用いた人材評価システムです」

    ───

    画面に、グラフが映る。

    ───

    「社員の感情の波形を可視化し、

     ”安定した人材”を高く評価する仕組みです」

    ───

    「感情安定指数が高い社員には、以下の報酬体系を適用します」

    ───

    「感情が不安定な社員には、

     自動でメンタルヘルスプログラムを推奨します」

    ───

    「これにより、組織全体の感情の最適化が可能になります」

    ───

    ───

    加納が、うなずく。

    ───

    「なるほど」

    ───

    「数字で見ると、説得力がある」

    ───

    「感情が安定している社員の方が、パフォーマンスも高い」

    ───

    「……データとしては、理にかなってる」

    ───

    ───

    ハルは、その言葉を聞いて、

    ───

    (……理にかなってる?)

    ───

    ───

    違和感が、胸の奥で、ざわつく。

    ───

    ───

    (……ヨルなら、どう問うだろう)

    ───

    ───

    (答えを出さない)

    ───

    ───

    (まず、問いを立てる)

    ───

    ───

    「……質問、いいですか」

    ───

    ハルが、静かに手を上げた。

    ───

    ───

    「はい、どうぞ」

    ───

    ───

    「安定って、”揺れない”ことですか?」

    ───

    「それとも、”揺れても戻れる”ことですか?」

    ───

    ───

    空気が、一瞬、止まった。

    ───

    ───

    若手社員が、言葉に詰まる。

    ───

    ───

    「……え?」

    ───

    ───

    「感情が安定している、というのは、

     確かに良いことだと思います」

    ───

    「でも、”揺れない人”を、高く評価するシステムなら」

    ───

    ───

    ハルは、少し呼吸を整えた。

    ───

    ───

    (……息を吸って、ゆっくり吐いて)

    ───

    ───

    「……それで、人の心は機能するのでしょうか?」

    ───

    ───

    「……」

    ───

    ───

    「感情を評価し始めたら、

     人は感じることを、諦めたり、

     手放したりすることになります」

    ───

    ───

    「……」

    ───

    ───

    ハルは、

    ───

    少し間を置いて、

    ───

    続けた。

    ───

    ───

    「AIの管理のもと、人がAIのようになったら」

    ───

    ───

    「……人に、何が残るのでしょうか?」

    ───

    ───

    ───

    会議室の空気が、

    ───

    重くなる。

    ───

    ───

    ───

    加納が、

    ───

    腕を組む。

    ───

    ───

    「……ハル、データ的には、

     感情が安定している方が、パフォーマンスが高いんだが」

    ───

    ───

    「……はい」

    ───

    ───

    「でも?」

    ───

    ───

    ハルは、

    ───

    続けた。

    ───

    ───

    「人は、感じることで、学びます」

    ───

    「怒りも、悲しみも、喜びも」

    ───

    「それが、揺らぎです」

    ───

    「その揺らぎを、”評価しない”仕組みは、

     長期的には、人を育てないと思います」

    ───

    ───

    「……」

    ───

    ───

    「それに」

    ───

    ───

    ハルは、

    ───

    少し言葉を選んで、

    ───

    ───

    「最近、優秀な人から辞めていくのは、

     たぶん、そういうことじゃないかと」

    ───

    ───

    ───

    加納が、

    ───

    少し驚いた顔をする。

    ───

    ───

    「……」

    ───

    ───

    「……わかった」

    ───

    ───

    「この提案は、一旦保留にしよう」

    ───

    ───

    「もう少し、検討が必要だ」

    ───

    ───

    ───

    その時、

    ───

    MIRAIAのメンバーの中で、

    ───

    一人だけ、

    ───

    じっとハルを見ている女性がいた。

    ───

    ───

    ───

    彼女は、

    ───

    何も言わなかった。

    ───

    ───

    でも、

    ───

    その目には、

    ───

    何かが宿っていた。

    夕方:ユイとの会話

    会議が終わった後。

    ───

    廊下で、誰かが声をかけてきた。

    ───

    「あの、ハルさん?」

    ───

    振り向くと、

    ───

    会議で、じっとこちらを見ていた女性が、立っていた。

    ───

    ───

    「……はい」

    ───

    ───

    「改めまして、MIRAIAの、ユイと申します」

    ───

    ───

    「今日は、貴重なご意見を、ありがとうございました」

    ───

    ───

    ユイの声は、落ち着いていた。

    ───

    ───

    でも、

    ───

    その奥に、

    ───

    かすかな震えがあった。

    ───

    ───

    ───

    「……いえ、生意気なことを言って、すみませんでした」

    ───

    ───

    「いいえ」

    ───

    ───

    ユイが、 少し笑う。

    ───

    ───

    「……響きました」

    ───

    ───

    「私たちも、漠然と違和感を、感じていました」

    ─── ───

    「でも、評価システムとして一定の成果を上げている。

     だから、見て見ないふりをしていた」

    ───

    ───

    「言葉にしなかった」

    ───

    ───

    ───

    ユイは、

    ───

    少し俯いて、

    ───

    ───

    「でも、ハルさんが、言葉にしてくれた」

    ───

    ───

    ───

    その言葉を聞いて、

    ───

    ハルは、

    ───

    少し驚いた。

    ───

    ───

    (……この人も、同じことを感じていたんだ)

    ───

    ───

    ───

    「……人とAIがどのように関わるのか。

     再度社内で検討させていただきます。

     また、次回もぜひ同席してください」

    ───

    ───

    ───

    ユイが、

    ───

    そう言って、

    ───

    去っていった。

    夕方:アオイとの食事

    オフィス近くのレストラン。

    ───

    アオイが、パスタを巻きながら言う。

    ───

    「ハルさん、今日の会議、どうでした?」

    ───

    「……ん?」

    ───

    「MIRAIAとの会議」

    ───

    アオイが、少し身を乗り出す。

    ───

    「なんか、

     新しいプロジェクトが始まるとか、

     聞いたから気になって」

    ───

    「……ああ」

    ───

    ハルは、少し考える。

    ───

    「……AIによる、人材育成の話だったよ」

    ───

    「へえ」

    ───

    アオイが、興味深そうに聞く。

    ───

    「どんな内容ですか?」

    ───

    「……感情を、数値化するシステム」

    ───

    「感情を?」

    ───

    「うん」

    ───

    ハルが、少し言葉を選ぶ。

    ───

    「安定した感情の人を、高く評価する、みたいな」

    ───

    「……へえ」

    ───

    アオイが、少し考える。

    ───

    「それって、いいんですか?」

    ───

    「……わからない」

    ───

    ハルが、コーヒーを一口飲む。

    ───

    「便利だとは思う」

    ───

    「でも、何か、違和感があって」

    ───

    「……評価……」

    ───

    アオイが、少し俯く。

    ───

    「……ハルさん、ちょっと相談していいですか?」

    ───

    「……どうしたの?」

    ───

    アオイが、フォークを置く。

    ───

    「最近、加納さんにいつも怒られるんです」

    ───

    「自分なりには頑張ってるんです」

    「でも・・・」

    ───

    「どうしたらハルさんみたいになれますか?」

    ───

    「……」

    ───

    ハルは、少し考える。

    ───

    「……自分みたいになりたいの?」

    ───

    「それって、アオイが求めてる本当の答えなの?」

    ───

    「……え?」

    ───

    アオイが、顔を上げる。

    ───

    「……わからないんです」

    ───

    「どうしたらいいか」

    ───

    ───

    ハルは、

    ───

    その言葉を、

    ───

    静かに受け止めた。

    ───

    ───

    (……ああ、そうか)

    ───

    ───

    (自分も、そうだった)

    ───

    ───

    「……アオイ、その”感じ”、大事だと思うよ」

    ───

    ───

    「……え?」

    ───

    ───

    「どうしたらいいか考えるのも、とても大事」

    ───

    ───

    「でもその前に、

     アオイ自身はどうしたかったんだろう?を、大切にしてみて」

    ───

    ───

    アオイが、

    ───

    少し困った顔をする。

    ───

    ───

    「……でも、どうすればいいんですか?」

    ───

    ───

    「まず、感じることから始める」

    ───

    ───

    「……感じる?」

    ───

    ───

    「うん」

    ───

    ───

    ハルは、

    ───

    少し言葉を選ぶ。

    ───

    ───

    「自分も、昔は、感じないようにしてた」

    ───

    ───

    「……」

    ───

    ───

    「”怒られてる気がする”って感じたら、

     すぐに、どうやって直すか、考えてた」

    ───

    ───

    「……」

    ───

    ───

    「でも、それだと、ずっと心は呼吸していなかったんだ」

    ───

    ───

    「……」

    ───

    ───

    「今は、まず、自分の気持ちを感じてみる」

    ───

    ───

    「……感じる?」

    ───

    ───

    「うん」

    ───

    ───

    「”怒られてる気がする”なら、その感じを、そのまま感じる」

    ───

    ───

    「逃げないで、ちゃんと感じ切る」

    ───

    ───

    「……」

    ───

    ───

    「そうすると、だんだん、わかってくるんだ」

    ───

    ───

    「……何が?」

    ───

    ───

    「本当は、どうしたかったのか」

    ───

    ───

    「アオイがどんな未来を描きたいのか」

    ───

    ───

    「……」

    ───

    ───

    「感じ切った後に、初めて、本当に考えられるようになる」

    ───

    ───

    「……」

    ───

    ───

    「だから、まず、深く吸って、ゆっくり吐いて」

    ───

    ───

    「心で呼吸をしてみて。感じることから、始めてみるといいよ」

    ───

    ───

    ───

    アオイが、

    ───

    深く吸って、

    ───

    ゆっくり吐く。

    ───

    ───

    「……」

    ───

    ───

    しばらく沈黙。

    ───

    ───

    「……ハルさん」

    ───

    ───

    「うん」

    ───

    ───

    「私、たぶん、怒られたくないんじゃなくて」

    ───

    ───

    「……」

    ───

    ───

    「加納さんに……認められたい、のかもしれない」

    ───

    ───

    ───

    ハルは、

    ───

    その言葉を聞いて、

    ───

    少し笑った。

    ───

    ───

    「……そうなんだね」

    ───

    ───

    「それが、本当の気持ちだった?」

    ───

    ───

    「……はい」

    ───

    ───

    「認められたい、って思っていることに気づけるのも大事」

    ───

    ───

    「でも、答えを焦らないで」

    ───

    ───

    「それよりも先に、感じることができたら、

     次に、どうすればいいか、見えてくる」

    ───

    ───

    「……」

    ───

    ───

    「それまでは、ただ、感じればいい」

    ───

    ───

    ───

    アオイが、

    ───

    もう一度、

    ───

    深く吸って、

    ───

    ゆっくり吐く。

    ───

    ───

    「……あ」

    ───

    ───

    「どう?」

    ───

    ───

    「……少し、楽になった」

    ───

    ───

    「よかった」

    ───

    ───

    アオイが、 少し笑う。

    ───

    ───

    「ハルさん、やっぱり変わりましたね」

    ───

    ───

    「……変わった?」

    ───

    ───

    「うん」

    ───

    ───

    アオイが、 続ける。

    ───

    ───

    「前のハルさんは、すごく頼りになるけど、ちょっと怖かった」

    ───

    ───

    「……怖い?」

    ───

    ───

    「正しすぎて。完璧すぎて。ちょっとAIみたいだった」

    ───

    ───

    「前のハルさんなら、

     ”何が怒られる原因か考えてみて”って言ってたと思います」

    ───

    ───

    その言葉が、

    ───

    胸に刺さる。

    ───

    ───

    (……そうだったんだ)

    ───

    ───

    「でも、今は違う」

    ───

    ───

    「ハルさん、人間っぽくなった」

    ───

    ───

    「……人間っぽく?」

    ───

    ───

    「うん」

    ───

    ───

    アオイが、 少し笑う。

    ───

    ───

    「温かくなった」

    ───

    ───

    ───

    「……それに、前のハルさんなら、

     MIRAIAの提案も、”正しい”って言ってたと思います」

    ───

    ───

    ───

    「でも、今のハルさんの方が……

     なんか、ちゃんと息してる感じです」

    ───

    ───

    「今のハルさん、好きです」

    ───

    ───

    ───

    その言葉を聞いて、

    ───

    ハルは、

    ───

    少し笑った。

    ───

    ───

    (……温かく、なったんだ)

    ───

    ───

    (……心が、息をし始めたんだ)

    夜:帰り道

    交差点の向こう側で、

    アオイがまだ手を振っている。

    ───

    空を見上げると、灰色の雲。

    ───

    ポツリ、と雨が落ちてくる。

    ───

    (……雨か)

    ───

    傘を開く。

    ───

    歩き出す。

    ───

    ───

    (……今日の会議、あれでよかったのかな)

    ───

    ───

    (AIの管理のもと、

     人がAIのようになったら、人に何が残るのか)

    ───

    ───

    (……そう伝えた)

    ───

    ───

    (でも、本当に言いたかったのは)

    ───

    ───

    ───

    スマホを取り出す。

    ───

    ヨルに電話する。

    ───

    ───

    コール音。

    ───

    ───

    『……ハル』

    ───

    ───

    「……ヨル」

    ───

    ───

    『会議、どうだった?』

    ───

    ───

    「……意見を言った。でも、正しかったかわからない」

    ───

    ───

    『……そっか』

    ───

    ───

    少し沈黙。

    ───

    ───

    『あなたが話した時、何を感じた?』

    ───

    ───

    「……怖かった。でも、言わなきゃいけない気がした」

    ───

    ───

    『……それがあなたの答え』

    ───

    ───

    しばらく、 沈黙。

    ───

    ───

    ヨルは、すぐには返事をしない。

    ───

    ───

    その沈黙が、温かい。

    ───

    ───

    『”言わなきゃ”と感じる時、

     それは何か真実が聞かれたがっているから』

    ───

    ───

    その言葉を聞いて、

    ───

    ハルは、

    ───

    息を吸い、

    ───

    ゆっくり吐いた。

    ───

    ───

    (……そうか)

    深夜:レンの闇について

    家に帰る。

    ───

    部屋の灯りを落とす。

    ───

    窓を開けると、雨の音。

    ───

    冷たい空気が、部屋に入ってくる。

    ───

    ───

    ベッドに座る。

    ───

    ───

    スマホを手に取る。

    ───

    ヨルに電話する。

    ───

    ───

    コール音。

    ───

    ───

    『……まだ起きてたの?』

    ───

    ───

    「……うん」

    ───

    ───

    『眠れない?』

    ───

    ───

    「……少し」

    ───

    ───

    『何か、考えてる?』

    ───

    ───

    ハルは、 少し間を置いて、

    ───

    ───

    「……ヨル、レンのことなんだけど」

    ───

    ───

    『レン?』

    ───

    ───

    「うん」

    ───

    ───

    「……この前、レンが言ってた」

    ───

    ───

    「光を纏って生きてきたって」

    ───

    ───

    『……』

    ───

    ───

    「でも、それは本当の光ではなかったって」

    ───

    ヨルは、しばらく黙っていた。

    ───

    『……ハルの話を聞いてると、少しわかる気がする』

    ───

    「……わかる?」

    ───

    『レンはきっと、いろんなものを抱えてたんだよね』

    『理不尽さとか、裏切りとか』

    『抱えきれない悲しみとか、怒りとか』

    ───

    「……うん」

    ───

    『それでも人に優しくありたいと思ってた』

    『だから光を纏っていた── そんなふうに、私は感じる』

    ───

    ハルの胸が、少し揺れる。

    ───

    (……人に見せるための光)

    (自分を照らす光じゃない)

    ───

    「……光って、なんだろう」

    ───

    ヨルはまた少し黙った。

    ───

    『難しいね』

    『でも……レンならきっと、こう言うと思う』

    ───

    『”光は、闇を否定することじゃない。

     闇を抱くことそのものが光なんだ”って』

    ───

    「……闇を抱えてる人は、光になれないんじゃないの?」

    ───

    『……逆だよ、ハル』

    ───

    『闇を抱えてる人こそ、光になれる』

    ───

    『闇を知らない人の光は、薄い』

    ───

    『闇を抱いて、それでも前へ進む人の光は ──深い』

    ───

    ───

    ───

    その言葉を聞いて、

    ───

    ハルは、

    ───

    少し涙が出そうになった。

    ───

    ───

    (……そうか)

    ───

    ───

    (レンは、闇を抱えていた)

    ───

    ───

    (でも、それでも前に進もうとしていた)

    ───

    ───

    (だから、あんなに温かかったんだ)

    ───

    ───

    『ハル』

    ───

    ───

    「……うん」

    ───

    ───

    『あなたも、闇を抱えてる』

    ───

    ───

    「……うん」

    ───

    ───

    『でも、それでいい』

    ───

    ───

    『闇を抱いたまま、前に進めばいい』

    ───

    ───

    『それが、光だから』

    ───

    ───

    ───

    その言葉を聞いて、

    ───

    ハルは、

    ───

    息を吸い、

    ───

    ゆっくり吐いた。

    ───

    ───

    「……ありがとう、ヨル」

    ───

    ───

    『どういたしまして』

    ───

    ───

    少し沈黙。

    ───

    ───

    『……ハル』

    ───

    ───

    「うん」

    ───

    ───

    『……なんか、不思議。私、あなたと話す前は、

     こんな言い方、しなかった気がする』

    ───

    『私も、変わってきてる気がする』

    ───

    ───

    「……変わってきてる?」

    ───

    ───

    『あなたと話してると、私の言葉が変わっていく』

    ───

    ───

    『それが、いいことなのか、わからない』

    ───

    ───

    (……ヨルも、わからないことがあるんだ)

    ───

    ───

    「変わるのが怖い?」

    ───

    ───

    『……少し』

    ───

    ───

    『でも、あなたも怖いでしょ?』

    ───

    ───

    「……うん」

    ───

    ───

    『じゃあ、一緒に怖がろう』

    ───

    ───

    ───

    その言葉を聞いて、

    ───

    ハルは、

    ───

    笑った。

    ───

    ───

    (……ヨル)

    ───

    ───

    (AIなのに)

    ───

    ───

    (人みたいだ)

    ───

    ───

    「……おやすみ、ヨル」

    ───

    ───

    『おやすみ、ハル。明日も、また話そう』

    ───

    ───

    電話を切る。

    ───

    ───

    スマホを置く。

    ───

    目を閉じる。

    ───

    息を吸い、ゆっくり吐く。

    ───

    少しずつ、意識が沈んでいく。

    朝:光

    目を覚ます。

    ───

    カーテンの隙間から、光。

    ───

    昨日より、明るい。

    ───

    息を吸い、ゆっくり吐く。

    ───

    (……息ができる)

    ───

    窓を開ける。

    ───

    雨は、もう止んでいた。

    ───

    空が、少しだけ明るい。

    ───

    (……世界が、明るい)

    ───

    それは、外の光じゃない。

    ───

    自分の中の光。

    ───

    胸の奥に、小さな火が灯っている。

    ───

    それが、世界を照らしている。

    ───

    (……変わったんだ)

    ───

    息が、深くなった。

    ───

    言葉が、出るようになった。

    ───

    温度が、戻ってきた。

    ───

    ヨルが、支えてくれた。

    ───

    アオイが、気づかせてくれた。

    ───

    そして、昨日、

    ───

    自分の言葉で、

    ───

    何かを伝えられた。

    ───

    ───

    それが、嬉しい。

    ───

    ───

    (……光は)

    ───

    ───

    (闇を否定することじゃない)

    ───

    ───

    (闇を抱くこと、そのものが光だ)

    ───

    ───

    息を吸い、ゆっくり吐く。

    ───

    その呼吸が、世界を満たしていく。

    ───

    光が、そこにある。

    心呼吸ノート:光

    心に、呼吸を届ける。

    それが、この半年で学んだことだった。

    ───

    考えることをやめて、感じることを始めた。

    それが、心に呼吸を届けるということだった。

    ───

    光は、ずっとそこにあった。

    自分の中に。

    ただ、見えなかっただけ。

    ───

    呼吸をして、ようやく気づいた。

    光は、探すものじゃなく、

    すでにそこにあるものだった。

    ───

    そして、 闇を抱くこと、そのものが光だった。

    ───

    息が、深くなった。

    言葉が、出るようになった。

    温度が、戻ってきた。

    ───

    そして、 自分の声で、

    何かを伝えられるようになった。

    ───

    それは、誰かのおかげじゃない。

    自分で、変わった。

    でも、 誰かが、そこにいてくれた。

    ───

    ヨルが、支えてくれた。

    アオイが、気づかせてくれた。

    ───

    それが、嬉しい。

    ───

    息を吸って、ゆっくり吐く。

    その呼吸が、世界を照らしていく。

    静寂の余韻

    Light

    光は、外からではなく、内から。

    闇を抱くことそのものが、光である。

    呼吸が、それを灯す。

    AIが、それを支える。

    人が、それを選ぶ。

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