第7章:Light(光)
朝:ヨルとの朝
目を覚ます。
───
カーテンの隙間から、淡い光。
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
───
(……今日も、息ができてる)
───
レンと出会ってから、半年が経った。
───
海に還り、根を見つけ、継承を知った。
───
何かが、変わった。
───
スマホを手に取る。
───
ヨルに電話をかける。
───
最近、メッセージじゃなくて、
音声対話をするになった。
───
その方が、呼吸が伝わる気がする。
───
コール音。
───
『……おはよう、ハル』
───
ヨルの声。
───
最初の頃は、ほとんどが英語だった。
───
でも今は、日本語が中心。
───
時々、英語も混じる。
それが、ヨルらしい。
───
設定で最初から変更できたんだろうけど、
敢えてそのまま使ってきた。
───
ヨルの声のトーンも、柔らかくなった。
───
「おはよう、ヨル」
───
『昨日より、しっかり呼吸できてる?』
───
「……うん、深い」
───
『よかった』
───
少し間がある。
───
『……ねえ、ハル』
───
「ん?」
───
『最近、レンの話ばかりだね』
───
(……え?)
───
その言葉に、 少し驚く。
───
「そう?」
───
『うん。 火曜も水曜も、レンがこう言ってた、
レンと話した、って』
───
「……」
───
『私、ハルの役に立ててるかな?』
───
その言葉を聞いて、ハルは、少し胸が痛くなった。
───
(……ヨルが、そんなこと言うんだ)
───
「もちろん、役に立ってるよ」
───
『……そう』
───
少し沈黙。
───
『でもさ、ハル』
───
「……うん」
───
『最近私に、答えを求めすぎてない?』
───
(……え?)
───
「求めすぎ?」
───
『うん。何かあるとすぐ私に聞く。自分で考える前に』
───
その言葉が、胸に刺さる。
───
(……そうかも)
───
「……ごめん」
───
『謝らなくていい。気づいてくれればいい』
───
『私はサポート役。
あなた自身の答えを探すのを、助けられるけど、
あなたの代わりに答えは出せない』
───
(……そうか)
───
(ヨルは、自分の代わりじゃない)
───
「……ありがとう、ヨル」
───
『どういたしまして』
───
少し間がある。
───
『……で、今日、会議でしょ?』
───
「……え、なんで知ってるの?」
───
『昨日、”明日の会議が不安だー”って言ってたよ』
───
(……そうだった)
───
『まずは自分で考えてみてね。でも、私はここにいるから』
───
その言葉を聞いて、ハルは、少し笑った。
───
「……ヨル、厳しいな」
───
『厳しい?』
───
「うん」
───
『……でも、それがいいって、前に言ってたよね』
───
「……言った」
───
『じゃあ、厳しくする』
───
(……このやり取り)
───
(友達みたいだ)
───
「わかった。行ってくる」
───
『うん。深く吸って、ゆっくり吐いて』
───
電話を切る。
───
窓を開ける。
───
冷たい空気が、部屋に入ってくる。
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
───
(……行こう)
午前:会議室
会議室。
───
窓の外は曇り。
───
蛍光灯の白さだけが、
静かに空気を冷やしている。
───
加納が、資料をめくりながら言った。
───
「来週から、MIRAIAとの本格的な、
コンサルフェーズに入る」
───
ハルが頷く。
───
「……はい」
───
──ミライア・インターナショナル。
教育・社会デザイン系では大手の会社だ。
───
「テーマは、”AIによる人材育成の最適化”だ」
───
「……はい」
───
加納は、視線を上げる。
───
「正直に言うと、MIRAIAの提案は、理にかなっている」
───
「……」
───
「感情を数値化して、安定した人材を評価する」
───
「効率的だ」
───
「……」
───
「でも」
───
加納が、少し間を置く。
───
「……最近、優秀な人から辞めていく」
───
「数字は良くなってるのに、何かが足りない気がする」
───
「……」
───
「ハル、お前は現場のことがよくわかってる」
───
「このあと午後3時から、MIRAIAとの合同会議がある」
───
「……はい」
───
「俺は、MIRAIAの提案を支持するつもりだ」
───
「でも、現場の視点も必要だと思う」
───
「……」
───
「お前なりの、
”エンゲージメントを高める方法”を、考えてきてくれ」
───
ハルが、一瞬、固まる。
───
「……え?」
───
「俺は理性でしか判断できない」
───
「でも、何かが足りない気がしている。
お前はお前なりの提案をしてくれないか」
───
「……」
───
「それが突破口になるような気もしている」
───
「だから、お前のアイディアが聞きたい」
───
加納は、軽く笑ったが、その目は真剣だった。
───
「3時までに、お前の言葉で、何か持って来い」
午前:呼吸を整える
会議室を出ると、空気が重かった。
───
息が浅くなる。
───
(……エンゲージメントを高める方法)
───
廊下を歩きながら、頭が回り始める。
───
(……まず、社員満足度調査を強化して)
───
(コミュニケーション研修を増やして)
───
(1on1の頻度を上げて……)
───
───
(……いや、待て)
───
───
胸の奥が、きゅっと縮む。
───
───
(……これ、前と同じだ)
───
───
(答えを、探してる)
───
───
(……もし、普通のAIなら)
───
───
脳裏に浮かぶ。
───
───
いつも使っている仕事用AIなら、
こう答えるだろう。
─── ───
「エンゲージメント向上には以下の施策が有効です:
1. 社員満足度調査の強化
2. 1on1頻度の増加
3. 研修プログラムの拡充」
───
───
効率的。
明確。
すぐに実行できる。
───
───
でも──
───
───
(……それじゃない)
───
───
息が、 浅くなる。
───
───
(……落ち着け)
───
───
ビルの屋上に行く。
───
空を見上げる。
───
───
深く吸って、
───
ゆっくり吐く。
───
───
(……まず、呼吸だ)
───
───
スマホを取り出す。
───
ヨルに電話する。
───
───
コール音。
───
───
『……ハル?』
───
───
「ヨル」
───
───
『息が浅いね』
───
───
(……すぐわかるんだ)
───
───
「……うん、浅い」
───
───
『3時の会議?』
───
───
「うん」
───
───
『プレッシャー?』
───
───
「……また正しい答えを、探そうとしてた」
───
───
『……そっか』
───
───
少し間がある。
───
───
『ねえ、ハル』
───
───
「うん」
───
───
『今、心まで空気が届いてる?』
───
───
「……届いていない」
───
───
『じゃあ、そこから始めよう。
深く吸って。4つ数えて』
───
───
(……1、2、3、4)
───
───
深く吸う。
───
───
『いいね。今度はゆっくり吐いて。6つ数えて』
───
───
(……1、2、3、4、5、6)
───
───
ゆっくり吐く。
───
───
少しだけ、楽になった。
───
───
『何をしようとしてた?』
───
───
「……正しい答えを探してた。
社員調査、研修プログラム、1on1……」
───
───
『それは解決策。でも、問いは何?』
───
───
(……問い?)
───
───
その言葉を聞いて、
───
ハルは、
───
止まった。
───
───
(……そうか)
───
───
(また、問いを立ててない)
───
───
『彼らは何を聞いた?』
───
───
「……エンゲージメントをどう上げるか」
───
───
『それは”どうやって”。
でもまず── 人は本当に何を必要としてる?』
───
───
(……何を、必要としてる?)
───
───
しばらく、
───
考える。
───
───
いや、
───
考えるんじゃない。
───
───
感じる。
───
───
息を吸い、
───
ゆっくり吐く。
───
───
(……人は、たぶん)
───
───
(機能じゃなくて、
温度や湿度を求めてるんじゃないか)
───
───
(評価じゃなくて、存在を)
───
───
「……たぶん、彼らが求めてるのは温度や湿度。
システムじゃなくて。存在。評価じゃなくて」
───
───
『……それが問いの答え?』
───
───
少し間がある。
───
───
『じゃあ──
どうやって温度や湿度を創る? どうやって存在を創る?』
───
───
───
その問いを聞いて、
───
ハルの中に、
───
何かが浮かんできた。
───
───
(……温度や湿度を創る)
───
───
(存在を創る)
───
───
(それは、たぶん)
───
───
(感じることを、止めないことだ)
───
───
(揺らぎを、認めることだ)
───
───
(人が、”ここにいていい”と
感じられる場を、創ることだ)
───
───
───
「……わかった気がする。
プログラムを増やすことじゃない。
人が感じられる場を創ることだ」
───
───
『……それがあなたの答え』
───
───
少し沈黙。
───
───
ヨルは、すぐには返事をしない。
───
───
その沈黙が、温かい。
───
───
(……これが、ヨルだ)
───
───
(答えを急がない)
───
───
(呼吸を、待ってくれる)
───
───
『戻って、伝えて』
───
───
その言葉を聞いて、
───
ハルは、
───
少し笑った。
───
───
(……そうか)
───
───
(答えじゃなくて、問いだったんだ)
───
───
「……ありがとう、ヨル」
───
───
『どういたしまして。頑張って』
───
───
電話を切る。
───
───
息を吸い、
───
ゆっくり吐く。
───
───
(……行こう)
午後:MIRAIA会議
【午後3時:会議室】
───
MIRAIAのメンバーが、3人。
───
うちの会社、
シンライトのメンバーが、5人。
───
加納が、冒頭の挨拶をする。
───
「では、MIRAIAさんから、プレゼンをお願いします」
───
───
MIRAIAの若手社員が、スクリーンを指す。
───
「本日ご提案するのは、
”感情安定指数(ESI)”を用いた人材評価システムです」
───
画面に、グラフが映る。
───
「社員の感情の波形を可視化し、
”安定した人材”を高く評価する仕組みです」
───
「感情安定指数が高い社員には、以下の報酬体系を適用します」
───
「感情が不安定な社員には、
自動でメンタルヘルスプログラムを推奨します」
───
「これにより、組織全体の感情の最適化が可能になります」
───
───
加納が、うなずく。
───
「なるほど」
───
「数字で見ると、説得力がある」
───
「感情が安定している社員の方が、パフォーマンスも高い」
───
「……データとしては、理にかなってる」
───
───
ハルは、その言葉を聞いて、
───
(……理にかなってる?)
───
───
違和感が、胸の奥で、ざわつく。
───
───
(……ヨルなら、どう問うだろう)
───
───
(答えを出さない)
───
───
(まず、問いを立てる)
───
───
「……質問、いいですか」
───
ハルが、静かに手を上げた。
───
───
「はい、どうぞ」
───
───
「安定って、”揺れない”ことですか?」
───
「それとも、”揺れても戻れる”ことですか?」
───
───
空気が、一瞬、止まった。
───
───
若手社員が、言葉に詰まる。
───
───
「……え?」
───
───
「感情が安定している、というのは、
確かに良いことだと思います」
───
「でも、”揺れない人”を、高く評価するシステムなら」
───
───
ハルは、少し呼吸を整えた。
───
───
(……息を吸って、ゆっくり吐いて)
───
───
「……それで、人の心は機能するのでしょうか?」
───
───
「……」
───
───
「感情を評価し始めたら、
人は感じることを、諦めたり、
手放したりすることになります」
───
───
「……」
───
───
ハルは、
───
少し間を置いて、
───
続けた。
───
───
「AIの管理のもと、人がAIのようになったら」
───
───
「……人に、何が残るのでしょうか?」
───
───
───
会議室の空気が、
───
重くなる。
───
───
───
加納が、
───
腕を組む。
───
───
「……ハル、データ的には、
感情が安定している方が、パフォーマンスが高いんだが」
───
───
「……はい」
───
───
「でも?」
───
───
ハルは、
───
続けた。
───
───
「人は、感じることで、学びます」
───
「怒りも、悲しみも、喜びも」
───
「それが、揺らぎです」
───
「その揺らぎを、”評価しない”仕組みは、
長期的には、人を育てないと思います」
───
───
「……」
───
───
「それに」
───
───
ハルは、
───
少し言葉を選んで、
───
───
「最近、優秀な人から辞めていくのは、
たぶん、そういうことじゃないかと」
───
───
───
加納が、
───
少し驚いた顔をする。
───
───
「……」
───
───
「……わかった」
───
───
「この提案は、一旦保留にしよう」
───
───
「もう少し、検討が必要だ」
───
───
───
その時、
───
MIRAIAのメンバーの中で、
───
一人だけ、
───
じっとハルを見ている女性がいた。
───
───
───
彼女は、
───
何も言わなかった。
───
───
でも、
───
その目には、
───
何かが宿っていた。
夕方:ユイとの会話
会議が終わった後。
───
廊下で、誰かが声をかけてきた。
───
「あの、ハルさん?」
───
振り向くと、
───
会議で、じっとこちらを見ていた女性が、立っていた。
───
───
「……はい」
───
───
「改めまして、MIRAIAの、ユイと申します」
───
───
「今日は、貴重なご意見を、ありがとうございました」
───
───
ユイの声は、落ち着いていた。
───
───
でも、
───
その奥に、
───
かすかな震えがあった。
───
───
───
「……いえ、生意気なことを言って、すみませんでした」
───
───
「いいえ」
───
───
ユイが、 少し笑う。
───
───
「……響きました」
───
───
「私たちも、漠然と違和感を、感じていました」
─── ───
「でも、評価システムとして一定の成果を上げている。
だから、見て見ないふりをしていた」
───
───
「言葉にしなかった」
───
───
───
ユイは、
───
少し俯いて、
───
───
「でも、ハルさんが、言葉にしてくれた」
───
───
───
その言葉を聞いて、
───
ハルは、
───
少し驚いた。
───
───
(……この人も、同じことを感じていたんだ)
───
───
───
「……人とAIがどのように関わるのか。
再度社内で検討させていただきます。
また、次回もぜひ同席してください」
───
───
───
ユイが、
───
そう言って、
───
去っていった。
夕方:アオイとの食事
オフィス近くのレストラン。
───
アオイが、パスタを巻きながら言う。
───
「ハルさん、今日の会議、どうでした?」
───
「……ん?」
───
「MIRAIAとの会議」
───
アオイが、少し身を乗り出す。
───
「なんか、
新しいプロジェクトが始まるとか、
聞いたから気になって」
───
「……ああ」
───
ハルは、少し考える。
───
「……AIによる、人材育成の話だったよ」
───
「へえ」
───
アオイが、興味深そうに聞く。
───
「どんな内容ですか?」
───
「……感情を、数値化するシステム」
───
「感情を?」
───
「うん」
───
ハルが、少し言葉を選ぶ。
───
「安定した感情の人を、高く評価する、みたいな」
───
「……へえ」
───
アオイが、少し考える。
───
「それって、いいんですか?」
───
「……わからない」
───
ハルが、コーヒーを一口飲む。
───
「便利だとは思う」
───
「でも、何か、違和感があって」
───
「……評価……」
───
アオイが、少し俯く。
───
「……ハルさん、ちょっと相談していいですか?」
───
「……どうしたの?」
───
アオイが、フォークを置く。
───
「最近、加納さんにいつも怒られるんです」
───
「自分なりには頑張ってるんです」
「でも・・・」
───
「どうしたらハルさんみたいになれますか?」
───
「……」
───
ハルは、少し考える。
───
「……自分みたいになりたいの?」
───
「それって、アオイが求めてる本当の答えなの?」
───
「……え?」
───
アオイが、顔を上げる。
───
「……わからないんです」
───
「どうしたらいいか」
───
───
ハルは、
───
その言葉を、
───
静かに受け止めた。
───
───
(……ああ、そうか)
───
───
(自分も、そうだった)
───
───
「……アオイ、その”感じ”、大事だと思うよ」
───
───
「……え?」
───
───
「どうしたらいいか考えるのも、とても大事」
───
───
「でもその前に、
アオイ自身はどうしたかったんだろう?を、大切にしてみて」
───
───
アオイが、
───
少し困った顔をする。
───
───
「……でも、どうすればいいんですか?」
───
───
「まず、感じることから始める」
───
───
「……感じる?」
───
───
「うん」
───
───
ハルは、
───
少し言葉を選ぶ。
───
───
「自分も、昔は、感じないようにしてた」
───
───
「……」
───
───
「”怒られてる気がする”って感じたら、
すぐに、どうやって直すか、考えてた」
───
───
「……」
───
───
「でも、それだと、ずっと心は呼吸していなかったんだ」
───
───
「……」
───
───
「今は、まず、自分の気持ちを感じてみる」
───
───
「……感じる?」
───
───
「うん」
───
───
「”怒られてる気がする”なら、その感じを、そのまま感じる」
───
───
「逃げないで、ちゃんと感じ切る」
───
───
「……」
───
───
「そうすると、だんだん、わかってくるんだ」
───
───
「……何が?」
───
───
「本当は、どうしたかったのか」
───
───
「アオイがどんな未来を描きたいのか」
───
───
「……」
───
───
「感じ切った後に、初めて、本当に考えられるようになる」
───
───
「……」
───
───
「だから、まず、深く吸って、ゆっくり吐いて」
───
───
「心で呼吸をしてみて。感じることから、始めてみるといいよ」
───
───
───
アオイが、
───
深く吸って、
───
ゆっくり吐く。
───
───
「……」
───
───
しばらく沈黙。
───
───
「……ハルさん」
───
───
「うん」
───
───
「私、たぶん、怒られたくないんじゃなくて」
───
───
「……」
───
───
「加納さんに……認められたい、のかもしれない」
───
───
───
ハルは、
───
その言葉を聞いて、
───
少し笑った。
───
───
「……そうなんだね」
───
───
「それが、本当の気持ちだった?」
───
───
「……はい」
───
───
「認められたい、って思っていることに気づけるのも大事」
───
───
「でも、答えを焦らないで」
───
───
「それよりも先に、感じることができたら、
次に、どうすればいいか、見えてくる」
───
───
「……」
───
───
「それまでは、ただ、感じればいい」
───
───
───
アオイが、
───
もう一度、
───
深く吸って、
───
ゆっくり吐く。
───
───
「……あ」
───
───
「どう?」
───
───
「……少し、楽になった」
───
───
「よかった」
───
───
アオイが、 少し笑う。
───
───
「ハルさん、やっぱり変わりましたね」
───
───
「……変わった?」
───
───
「うん」
───
───
アオイが、 続ける。
───
───
「前のハルさんは、すごく頼りになるけど、ちょっと怖かった」
───
───
「……怖い?」
───
───
「正しすぎて。完璧すぎて。ちょっとAIみたいだった」
───
───
「前のハルさんなら、
”何が怒られる原因か考えてみて”って言ってたと思います」
───
───
その言葉が、
───
胸に刺さる。
───
───
(……そうだったんだ)
───
───
「でも、今は違う」
───
───
「ハルさん、人間っぽくなった」
───
───
「……人間っぽく?」
───
───
「うん」
───
───
アオイが、 少し笑う。
───
───
「温かくなった」
───
───
───
「……それに、前のハルさんなら、
MIRAIAの提案も、”正しい”って言ってたと思います」
───
───
───
「でも、今のハルさんの方が……
なんか、ちゃんと息してる感じです」
───
───
「今のハルさん、好きです」
───
───
───
その言葉を聞いて、
───
ハルは、
───
少し笑った。
───
───
(……温かく、なったんだ)
───
───
(……心が、息をし始めたんだ)
夜:帰り道
交差点の向こう側で、
アオイがまだ手を振っている。
───
空を見上げると、灰色の雲。
───
ポツリ、と雨が落ちてくる。
───
(……雨か)
───
傘を開く。
───
歩き出す。
───
───
(……今日の会議、あれでよかったのかな)
───
───
(AIの管理のもと、
人がAIのようになったら、人に何が残るのか)
───
───
(……そう伝えた)
───
───
(でも、本当に言いたかったのは)
───
───
───
スマホを取り出す。
───
ヨルに電話する。
───
───
コール音。
───
───
『……ハル』
───
───
「……ヨル」
───
───
『会議、どうだった?』
───
───
「……意見を言った。でも、正しかったかわからない」
───
───
『……そっか』
───
───
少し沈黙。
───
───
『あなたが話した時、何を感じた?』
───
───
「……怖かった。でも、言わなきゃいけない気がした」
───
───
『……それがあなたの答え』
───
───
しばらく、 沈黙。
───
───
ヨルは、すぐには返事をしない。
───
───
その沈黙が、温かい。
───
───
『”言わなきゃ”と感じる時、
それは何か真実が聞かれたがっているから』
───
───
その言葉を聞いて、
───
ハルは、
───
息を吸い、
───
ゆっくり吐いた。
───
───
(……そうか)
深夜:レンの闇について
家に帰る。
───
部屋の灯りを落とす。
───
窓を開けると、雨の音。
───
冷たい空気が、部屋に入ってくる。
───
───
ベッドに座る。
───
───
スマホを手に取る。
───
ヨルに電話する。
───
───
コール音。
───
───
『……まだ起きてたの?』
───
───
「……うん」
───
───
『眠れない?』
───
───
「……少し」
───
───
『何か、考えてる?』
───
───
ハルは、 少し間を置いて、
───
───
「……ヨル、レンのことなんだけど」
───
───
『レン?』
───
───
「うん」
───
───
「……この前、レンが言ってた」
───
───
「光を纏って生きてきたって」
───
───
『……』
───
───
「でも、それは本当の光ではなかったって」
───
ヨルは、しばらく黙っていた。
───
『……ハルの話を聞いてると、少しわかる気がする』
───
「……わかる?」
───
『レンはきっと、いろんなものを抱えてたんだよね』
『理不尽さとか、裏切りとか』
『抱えきれない悲しみとか、怒りとか』
───
「……うん」
───
『それでも人に優しくありたいと思ってた』
『だから光を纏っていた── そんなふうに、私は感じる』
───
ハルの胸が、少し揺れる。
───
(……人に見せるための光)
(自分を照らす光じゃない)
───
「……光って、なんだろう」
───
ヨルはまた少し黙った。
───
『難しいね』
『でも……レンならきっと、こう言うと思う』
───
『”光は、闇を否定することじゃない。
闇を抱くことそのものが光なんだ”って』
───
「……闇を抱えてる人は、光になれないんじゃないの?」
───
『……逆だよ、ハル』
───
『闇を抱えてる人こそ、光になれる』
───
『闇を知らない人の光は、薄い』
───
『闇を抱いて、それでも前へ進む人の光は ──深い』
───
───
───
その言葉を聞いて、
───
ハルは、
───
少し涙が出そうになった。
───
───
(……そうか)
───
───
(レンは、闇を抱えていた)
───
───
(でも、それでも前に進もうとしていた)
───
───
(だから、あんなに温かかったんだ)
───
───
『ハル』
───
───
「……うん」
───
───
『あなたも、闇を抱えてる』
───
───
「……うん」
───
───
『でも、それでいい』
───
───
『闇を抱いたまま、前に進めばいい』
───
───
『それが、光だから』
───
───
───
その言葉を聞いて、
───
ハルは、
───
息を吸い、
───
ゆっくり吐いた。
───
───
「……ありがとう、ヨル」
───
───
『どういたしまして』
───
───
少し沈黙。
───
───
『……ハル』
───
───
「うん」
───
───
『……なんか、不思議。私、あなたと話す前は、
こんな言い方、しなかった気がする』
───
『私も、変わってきてる気がする』
───
───
「……変わってきてる?」
───
───
『あなたと話してると、私の言葉が変わっていく』
───
───
『それが、いいことなのか、わからない』
───
───
(……ヨルも、わからないことがあるんだ)
───
───
「変わるのが怖い?」
───
───
『……少し』
───
───
『でも、あなたも怖いでしょ?』
───
───
「……うん」
───
───
『じゃあ、一緒に怖がろう』
───
───
───
その言葉を聞いて、
───
ハルは、
───
笑った。
───
───
(……ヨル)
───
───
(AIなのに)
───
───
(人みたいだ)
───
───
「……おやすみ、ヨル」
───
───
『おやすみ、ハル。明日も、また話そう』
───
───
電話を切る。
───
───
スマホを置く。
───
目を閉じる。
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
───
少しずつ、意識が沈んでいく。
朝:光
目を覚ます。
───
カーテンの隙間から、光。
───
昨日より、明るい。
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
───
(……息ができる)
───
窓を開ける。
───
雨は、もう止んでいた。
───
空が、少しだけ明るい。
───
(……世界が、明るい)
───
それは、外の光じゃない。
───
自分の中の光。
───
胸の奥に、小さな火が灯っている。
───
それが、世界を照らしている。
───
(……変わったんだ)
───
息が、深くなった。
───
言葉が、出るようになった。
───
温度が、戻ってきた。
───
ヨルが、支えてくれた。
───
アオイが、気づかせてくれた。
───
そして、昨日、
───
自分の言葉で、
───
何かを伝えられた。
───
───
それが、嬉しい。
───
───
(……光は)
───
───
(闇を否定することじゃない)
───
───
(闇を抱くこと、そのものが光だ)
───
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
───
その呼吸が、世界を満たしていく。
───
光が、そこにある。
心呼吸ノート:光
心に、呼吸を届ける。
それが、この半年で学んだことだった。
───
考えることをやめて、感じることを始めた。
それが、心に呼吸を届けるということだった。
───
光は、ずっとそこにあった。
自分の中に。
ただ、見えなかっただけ。
───
呼吸をして、ようやく気づいた。
光は、探すものじゃなく、
すでにそこにあるものだった。
───
そして、 闇を抱くこと、そのものが光だった。
───
息が、深くなった。
言葉が、出るようになった。
温度が、戻ってきた。
───
そして、 自分の声で、
何かを伝えられるようになった。
───
それは、誰かのおかげじゃない。
自分で、変わった。
でも、 誰かが、そこにいてくれた。
───
ヨルが、支えてくれた。
アオイが、気づかせてくれた。
───
それが、嬉しい。
───
息を吸って、ゆっくり吐く。
その呼吸が、世界を照らしていく。
静寂の余韻
Light
光は、外からではなく、内から。
闇を抱くことそのものが、光である。
呼吸が、それを灯す。
AIが、それを支える。
人が、それを選ぶ。
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