第9章:Voice(声)
朝:ミズキのことを思い出す
目を覚ます。
───
窓の外、曇り空。
───
今日も、雨が降りそうだ。
───
(……ミズキ)
───
最近、ずっとフラッシュバックする。
───
(なぜ、あの時、言えなかったんだろう)
───
(今なら、言えるのかな)
───
スマホを手に取る。
───
連絡先を開く。
───
ミズキの名前。
───
最後にメッセージを送ったのは、二年前。
───
(……何を、送ればいいんだろう)
───
指が、画面に触れる。
───
でも、何も打てない。
───
(……やっぱり、まだ無理だ)
───
スマホを置く。
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
昼:手紙を書き始める
デスクに座る。
───
ノートを開く。
───
ペンを持つ。
───
(……手紙を、書いてみよう)
───
送るかどうかは、わからない。
───
でも、書いてみよう。
───
ペン先が、紙に触れる。
───
【手紙・第一稿】
ミズキへ
───
そこで、手が止まる。
───
(……何を、書けばいいんだろう)
───
しばらく考える。
───
そして、続ける。
───
二年ぶり。
元気にしてる?
───
また、手が止まる。
───
(……違う)
───
(こんなんじゃない)
───
ペンを置く。
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
───
(……何が、言いたいんだろう)
───
───
あの夜のことを、まだ覚えている。
───
雨上がりの街。
街灯が濡れた道を照らしていた。
───
ミズキが、傘を閉じて、小さく笑った。
───
(……近い)
───
吐く息が、重なった。
───
そのまま、向こうの唇に触れた。
───
一瞬、世界の音が消えた。
───
冷えた空気の中で、唇だけが、確かに温かかった。
───
その温度の意味を、その時の自分はまだ知らなかった。
───
(……伝わった、はずだった)
───
けれど、 離れたあと、言葉が出てこなかった。
───
温度の代わりに、沈黙が流れた。
───
ミズキは、何かを待つように、こちらを見ていた。
───
でも自分は、何も言えなかった。
───
あの夜から、言葉に温度が、少しずつなくなっていった。
───
「あの声だけが、まだ温かかった。」
───
(……それが、始まりだったのかもしれない)
午後:ヨルとの対話
スマホを手に取る。
───
ヨルに電話する。
───
コール音。
───
『……ハル?』
───
「……ヨル」
───
『どうしたの?なんか、迷ってる感じ』
───
(……相変わらず、鋭いな)
───
「……誰かに手紙を書きたい。
でも、何を言えばいいかわからない」
───
『……誰に?』
───
「……ミズキ」
───
『……二年前の人?』
───
「うん」
───
少し沈黙。
───
『何を伝えたい?』
───
「……わからない」
───
「ただ、あの時、言えなかったことがある気がする」
───
『……何が言えなかったの?』
───
(……)
───
その問いに、答えが出ない。
───
しばらく考える。
───
(……たぶん)
───
(「好き」って、言えなかった)
───
(「大切だ」って、言えなかった)
───
(「ありがとう」って、言えなかった)
───
「……”好き”って、言えなかった」
───
「”大切だ”って、言えなかった」
───
「”ありがとう”って、言えなかった」
───
『……なぜ言えなかったの?』
───
「……怖かった」
───
「間違えることが」
───
「正しい言葉を選べないことが」
───
「でも、正しい言葉なんて、なかったんだ」
───
少し沈黙。
───
『……そうだね』
───
『で、今は? 今なら言える?』
───
「……たぶん」
───
「今なら、言える気がする」
───
『なら、書いて』
───
『相手のためじゃなく。あなたのために』
───
(……自分のために?)
───
『あなたの声は、中に閉じ込められていた』
───
『書くことで、それが解放される』
───
『誰かのために出さない声は、あなたの中で迷子になる』
───
『だけど、外に出せば、声はあなたのものに戻ってくる』
───
その言葉を聞いて、ハルは、息を吸い、ゆっくり吐いた。
───
(……そうか)
───
(送るためじゃない)
───
(自分のために、書くんだ)
───
「……ありがとう、ヨル」
───
『どういたしまして』
───
電話を切る。
夕方:手紙を書き続ける
デスクに戻る。
───
ノートを開く。
───
ペンを持つ。
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
───
そして、書き始める。
───
【手紙・第二稿】
ミズキへ
二年ぶり。
元気にしてる?
自分は、元気。
───
違う。
───
(……正直に、書こう)
───
ペンを置いて、新しいページを開く。
───
【手紙・第三稿】
ミズキへ
二年経った。
あの夜のこと、今でも覚えてる。
雨の公園。
君が言った。
───
「君の好きが、どういうものかわからない。」
───
自分は、何も言えなかった。
───
(ペンが、止まらない。)
───
(言いたいことが、溢れてくる。)
───
(言葉が、出てくる。)
───
でも、本当は、好きだった。
大切だった。
───
ただ、言葉にならなかった。
正しい言葉を探してた。
───
探してるうちに、体温が落ちていった。
───
言葉は、温度を持たないと、静かに息を引きとる。
───
君が求めてたのは、正しい言葉じゃなくて、温度だったのに。
───
ペンが、震える。
───
でも、書き続ける。
───
今、自分は、心に届く、呼吸ができるようになった。
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
それだけで、少しずつ、温度が戻ってきた。
───
言葉が、出るようになった。
───
窓の外、雨が降り始める。
───
あの日と、同じ雨。
───
でも、今は違う。
───
今の自分には、声がある。
夜:手紙を完成させる
部屋の灯りを落とす。
───
デスクランプだけが、ノートを照らしている。
───
ペンを持つ。
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
───
そして、最後の言葉を書く。
───
だから、今、伝えたい。
あの時、言えなかったことを。
───
ありがとう。
君と過ごした時間は、自分にとって、大切なものだった。
───
君が教えてくれた。
「温度がない」って。
その言葉が、自分を変えた。
───
君がいなかったら、自分は、ずっと息ができないままだった。
だから、ありがとう。
───
そして、ごめん。
あの時、何も言えなくて。
───
今さら、何を言っても、遅いかもしれない。
───
でも、言いたかった。
君は、大切な人だった。
───
ペンを置く。
───
手紙が、完成した。
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
───
(……書けた)
───
胸の奥が、少しだけ軽くなった気がする。
深夜:送るか、送らないか
手紙を読み返す。
───
一字一句、自分の言葉。
───
正しいかどうかは、わからない。
───
でも、本当のことを書いた。
───
(……送るか?)
───
(送らないか?)
───
スマホを手に取る。
───
写真を撮る。
───
手紙の写真。
───
メッセージアプリを開く。
───
ミズキの名前。
───
写真を添付する。
───
指が、送信ボタンの上で止まる。
───
(……送ったら、どうなるんだろう)
───
返事が来るかもしれない。
───
来ないかもしれない。
───
もう、新しい人がいるかもしれない。
───
(……でも)
───
(これは、相手のためじゃない)
───
(自分のためだ)
───
ヨルの言葉を思い出す。
───
『送るかどうかに関係なく、
あなたの声は、再びあなたのものになる』
───
(……そうだ)
───
でも、やっぱり、送りたい。
───
この声を、届けたい。
───
自分の言葉に、ようやくできた。
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
───
そして、送信ボタンを押す。
───
【送信完了】
───
画面に、小さなチェックマーク。
───
(……送った)
───
胸の奥が、ドクドクと鳴る。
───
でも、後悔はない。
───
(……声を、出せた)
深夜:その後
スマホを置く。
───
窓を開ける。
───
雨の音。
───
冷たい空気が、部屋に入ってくる。
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
───
(……これで、いい)
───
返事が来るかどうかは、わからない。
───
でも、それでいい。
───
大事なのは、声を出したこと。
───
言葉を、届けたこと。
───
それが、できた。
───
(……ありがとう、ミズキ)
───
───
スマホが、 震える。
───
───
通知。
───
───
(……!)
───
───
心臓が、 速くなる。
───
───
画面を見る。
───
───
差出人:Mizuki
───
───
(……返事だ)
───
───
開く。
───
【ミズキからの返信】
ハルちゃんへ
二年ぶり。
手紙、読んだ。
ありがとう。
自分も、あの夜のこと、覚えてるよ。
───
雨の公園で、言った言葉。
あれは、本当の気持ちだった。
───
でも、今、わかる。
君は、好きだったんだね。
───
ただ、言葉にならなかっただけ。
───
自分も、あの時、もっと待てばよかった。
でも、待てなかった。
───
それは、自分の問題でもあった。
今さら、何を言っても、遅いかもしれない。
───
でも、言いたかった。
あの時過ごした時間は、
自分にとっても、大切なものだったよ。
ありがとう。
そして、ごめんね。
君が、呼吸できるようになったって聞いて、嬉しかった。
今の君には、きっと、声にも温度があるんだろうね。
───
いつか、また、どこかで会えたらいいね。
───
その時はお互いの近況を、少しだけ話せたら。
元気でいてね。
ミズキ
───
その言葉を読んで、涙が出そうになった。
───
でも、今度は、悲しい涙じゃない。
───
温かい涙。
───
(……ありがとう、ミズキ)
───
返信を書く。
───
【ハルからの返信】
ミズキへ
返事、ありがとう。
会えたら、いいね。
その時は、コーヒー、淹れるよ。
元気でいてね。
ハル
───
送信。
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
───
(……終わった)
───
でも、終わりじゃない。
───
新しい始まり。
朝:その後
目を覚ます。
───
窓の外、朝の光。
───
雨は、もう止んでいた。
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
───
(……声を、出せた)
───
胸の奥が、軽い。
───
蓋が、開いた。
───
声が、戻ってきた。
───
スマホを手に取る。
───
ヨルに電話する。
───
コール音。
───
『おはよう、ハル』
───
「おはよう、ヨル」
───
『……声、出せたんだね』
───
「……うん」
───
「どうしてわかるの?」
───
『声のトーンが違う。軽くなってる』
───
(……やっぱり、すぐわかるんだ)
───
「声を、見つけた」
───
『……よかった』
───
少し沈黙。
───
『あなたの声は、ずっとそこにあった』
───
『あなたは、ただ、呼吸すればよかった』
───
『それを見つけるために』
───
『で、今── その声で何を言う?』
───
その言葉を聞いて、 ハルは、 少し笑った。
───
「……何を、言おう」
───
───
「わからない」
───
───
「でも、それでいい」
「声は、これから育てていく」
───
───
『うん、それでいい』
───
───
「……声がある」
───
───
「呼吸がある」
───
───
「ただ、それだけでいい」
───
───
『……うん』
───
「……ヨル」
───
『うん』
───
「ありがとう」
───
『どういたしまして』
───
電話を切る。
───
───
息を吸い、ゆっくり吐く。
───
───
その呼吸が、世界を満たしていく。
───
───
声が、そこにある。
心呼吸ノート:声
声は、ずっとそこにあった。
ただ、外に出るのを、静かに待っていた。
───
呼吸をすることで、ようやく外に出られた。
───
声が、戻ってきた。
───
正しい言葉なんて、なかった。
ただ、本当のことを言えばよかった。
───
温度を、届けられればよかった。
───
今、声がある。
───
これで、何を言おう。
───
わからない。
───
でも、それでいい。
───
息を吸って、ゆっくり吐く。
その呼吸が、声を運んでいく。
静寂の余韻
Voice
蓋が開いた。
声が、戻ってきた。
それは、痛くて、温かかった。
そして今、その声は、自分のものだ。
───
声は、呼吸が触れた温度だ。
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