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    『言葉の向こう側で』第01章

    ― 静かに感じる人の、心呼吸する哲学 ―

    第1章:言葉にしようとすると、なぜ消えるのか

    この文章の裏付けになる内容などを「心呼吸翻訳ノート」にまとめています。

    目次

    Ⅰ. 霧の正体は「守る知性」

    それは、誰にでも起こることだ。

    言葉にしようとした瞬間、

    それまで感じていたものが

    静かに形を失うことがある。

    胸の奥にあった温度が、 

    言葉という光に触れた瞬間、 

    ふっと蒸発してしまう。

    そして残るのは、乾いた説明と、

    「伝わらない」という静かな孤独だけ。

    だから、それは消えたわけじゃない。 

    あなたはただ、守っているんだ。

    感じることには、いつもリスクがある。

    誤解されること。

    軽く扱われること。

    深く伝えたつもりが、

    浅く受け取られてしまうこと。

    その痛みを知っている人ほど、慎重になる。

    だから心は、無意識に防御態勢を取る。 

    感情をすぐに言葉へと渡さず、

    理性というフィルターを通して

    「安全な形」に変換する。

    この瞬間、あなたの中で

    「感じる自分」から

    「説明する自分」へとバトンが渡る。

    霧がかかるのは、

    そのわずかな“心の切り替え”の時間なのだ。

    Ⅱ. 言葉にした途端、嘘になる感覚

    たとえば「愛している」

    という言葉ひとつとっても、 

    軽々しく口にできない。

    自分の中で”愛している”という

    感情の輪郭を探してみても、 

    そこには複数の層がある。

    確かに、相手を大切に思う気持ちはある。

    だけど、それだけじゃない。

    守りたいような、

    触れたくないような、 

    近づきたいけれど、

    近づきすぎると壊れてしまいそうな、 

    そんな矛盾が同時に存在している。

    だから「愛している」と言おうとした瞬間、 

    心の中で”誰がそれを言うの?”という声が響く。

    愛している部分もあるけど、

    そうじゃない部分もある。

    そのどちらも本当だから、

    口にした途端に嘘になる気がしてしまう。

    言葉にしない方が誠実でいられる気がする。

    でも、言わなければ伝わらない。

    その狭間で、息が詰まる。

    Ⅲ. 理性化という防衛

    この感覚を、もう少し具体的に説明するために、 

    僕自身の経験を話させてほしい。

    製薬会社に勤めていた頃、

    上司から「もっと自分の意見をはっきり言え」

    と言われ続けた。

    全体をまとめる立場でも、

    メンバーに「自信がなさそうに見える」

    と言われたことがある。

    でも本当は、自信がなかったわけじゃない。

    むしろ、自分の中では”多層的な答え”が見えていた。

    「どちらも正しい」

    「一方を選ぶともう一方が死ぬ」──

    だから、どちらかひとつの言葉にすることが、

    不誠実に思えた。

    だから黙った。

    説明すればするほど、真実から遠ざかる気がした。

    その沈黙は逃げではなく、

    誠実さの形だった。

    けれど、外から見れば”伝えない人”に見える。

    「言えば楽になるのに」と言われても、 

    その”楽”が、自分の中の何かを裏切ることだと知っている。

    だから、言えなかった。

    Ⅳ. 感じているのに伝えられないという痛み

    愛でも、仕事でも、友情でも同じだ。

    「伝える」と「誤解される」は、

    ほとんど紙一重の関係にある。

    内向的な人ほど、誤解を恐れて慎重になる。

    たとえば大切な人に対して、

    何も言わなくても伝わってほしいと願う。

    でも相手は受け取れない。

    「あなたは何を考えているの?」と

    聞かれた瞬間、 “どう説明しても違う”

    という感覚が喉元を塞ぐ。

    結局、何も言えない。

    けれどその沈黙の奥では、

    「どうしたら伝わるんだろう」と、

    何百回も、息をひそめながら自問している。

    Ⅴ. 受け取る力の副作用

    自己完結型の人は、

    実は「閉じている」のではなく、

    受け取りすぎていることが多い。

    場の空気、相手の表情、言葉にされない期待──

    それらを一瞬で読み取ってしまう。

    相手が何を求めているのか、

    すぐにわかってしまう。

    「どう答えたら相手が満足するか」

    「何を言えば空気が荒れないか」

    そんなことを反射的に感じ取ってしまう。

    だから、自分の中に浮かんだ本当の言葉があっても、 

    相手の”求める答え”がそれを上書きしてしまう。

    その瞬間、あなたの中の”感じていた言葉”は

    霧のようにかき消えていく。

    そして、この「受け取る力」は、

    ある種の人々を無意識に引き寄せてしまう。

    Ⅵ. なぜ自分ばかりが選ばれてしまうのか

    外的エネルギーが強い人──

    声の大きい人、

    感情をぶつける人、

    支配的な人──ほど、 

    この「受信力の強い人」に惹かれる。

    共鳴してくれる。 

    受け止めてくれる。

    だから無意識に、その人に矢印を向ける。

    そして気づけば、同じような構図が繰り返される。

    他にも人がいるのに、

    自分のところにだけエネルギーが集中する。

    「なんで自分ばかり」

    「なぜ自分だけが理解されない」──

    その感覚は、決して被害妄想ではない。

    あなたの優しさと察知力が、

    他者にとって”居心地のよい受け皿”になっているだけ。

    でも、ずっとそれを続けていると、

     外からの情報量が多すぎて、 

    自分の声が聞こえなくなる。

    そうして、霧が濃くなる。

    Ⅶ. 言葉が出ないのではなく、他者の波が強すぎる

    言葉にできない理由の多くは、

     “言葉がない”からではない。

    ただ、他者の波が強すぎて、あなたの声がかき消されているだけ。

    受け取る力が強い人は、

    「発する」よりも「感じる」ことに長けている。

    だから、相手の圧に触れた瞬間に、 

    自分の言葉が押し戻されてしまう。

    「言葉を失う」とは、

    外のエネルギーが内側の感情を上書きする瞬間でもある。

    霧とは、あなたの内側が一時的に”退避”しているサインだ。

    Ⅷ. 霧の中で呼吸する、そして晴れるとき

    見えないことに焦りを感じても、 

    その霧の中にこそ「まだ生きている自分」がいる。

    霧の中にいるとき、あなたは何もしていないわけじゃない。

    ──感じている。 

    ──守っている。 

    ──呼吸している。

    言葉にならない時間も、表現の一部だ。

    沈黙も、思索も、ためらいも、すべてあなたの一部。

    あなたの感情は、見えなくても確かに存在している。

    霧は、壊れた証ではなく、守っている証。

    だから、霧の中にいることを責めないでほしい。

    それは、あなたが誠実に生きている証拠だから。

    そして、霧はいつか、静かに晴れていく。

    それは「頑張って晴らす」ものではなく、 

    自然に、ゆっくりと薄れていくもの。

    無理に言葉にしようとしなくていい。 

    感じたままに、そのままそこにいていい。

    霧が晴れ始めるのは、たとえばこんな瞬間だ。

    ──安全だと感じる場所に身を置いたとき。 

    ──「誤解されても、きっと大丈夫」と感じられる相手と出会ったとき。

    ──「伝わらなくてもいい」と自分に許可を出せたとき。

    霧は、信頼が生まれると自然に薄れていく。

    他者への信頼も、自分への信頼も。

    そして、言葉は、 

    あなたが自分を信頼できるようになったとき、 

    自然に流れ出す。

    そのときの言葉は、

    誰かに理解されるためではなく、 

    あなた自身と世界を再び結び直すための橋になる。

    完璧に伝わらなくてもいい。 

    半分しか届かなくてもいい。

    それでも、あなたの中から出てきた言葉は、

    確かにあなたのものだ。

    霧の向こうから、静かに声を上げる。

    その勇気が、次の一歩になる。

    締めの言葉

    霧の中で言葉を失うのは、

    あなたが感じることをやめたからじゃない。

    あまりにも誠実に感じているから、 

    その温度を壊したくないだけだ。

    だから焦らなくていい。

    あなたの中の”言葉にならないもの”は、 

    まだ呼吸をしている。

    その静かな呼吸を、どうか忘れないで。

    それが、あなたの言葉の始まりだから。

    ……そして、

    その言葉は、きっと誰かを包む光になる。

    Ⅸ. 次章へ

    「霧になる」ことの正体は、

    防衛でも欠陥でもない。

    それは”深く感じる人”が

    世界とどう関わるかという、心の構造の現れ。

    次章では、その内側の地図

    ── 内向・内省・内観という3つの「内の層」──

    を解き明かしていく。

    あなたのどの層が滞り、

    どの層が世界と繋がっているのか。

    心の呼吸の地図を、一緒に描いていこう。

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